10月25日のエントリの補足:刑事訴訟法255条1項の解釈をめぐる学説

朝日新聞の元記事

タイトル「海外旅行でも時効停止 最高裁が初判断、従来学説覆す」

刑事事件の時効について「犯人が国外にいる場合は進行を停止する」と定めた刑事訴訟法の規定をめぐり、最高裁第一小法廷(桜井龍子裁判長)は「一時的な海外渡航でも適用される」という初判断を示した。これまでは、短期間の旅行のような場合はカウントされないという学説が有力だったが、最高裁が逆の立場を採用する形となった。

この記事によれば、「短期間の旅行のような場合はカウントされないという学説」が有力であったということなので、ほんとかな?と思い、大学図書館で調べてみました。

基本書

まず、基本書*1をチェックしてみると、この点に言及するものはひとつもありませんでした。
まあ、要するに、あまり刑訴法体系全体の理解にもかかわってこないし、初学者向けの本で触れなきゃいけないほど重要な論点じゃない(ってのも語弊ありますが)ってことでしょうね。

逐条解説書(いわゆるコンメンタール

まず、「短期の海外旅行には適用されない」説(今回弁護側の引用した説)

立花書房『註釈刑事訴訟法 第二巻』青柳文雄ほか著 382-383ページ

二 犯人が国外にいる場合における時効の停止
1 要件
 犯人が国外にいることだけで足り、逃げ隠れている場合とは違って、公訴の提起の有無を問わず、起訴状謄本の送達又は略式命令の告知の能否も要件とはなっていない(この点は文理上明らかであり、ほとんど争いがない(略))。
 (略)単に国外旅行中にすぎないような場合は、「国外にいる場合」に含まれない。国外にいる場合には無条件に時効の進行が停止するものとされるのは、送達の不能ないし困難の理由によるものであるところ、国外旅行中の場合は、住所が国内にあって送達*2が可能であるからである。

執筆者:臼井滋夫(最高検察庁検事(1976年当時))


次に、「短期の海外旅行にも適用される」説(最高裁の採った説)

青林書院『大コンメンタール刑事訴訟法 第四巻』藤永幸治ほか編 130-131ページ

 ところで、単に海外旅行中の場合も、「国外にいる場合」に当たるであろうか。国外にいる場合には無条件に時効の進行が停止するとしたのは、送達の不能ないし困難を理由とするから、国外旅行中の場合は、住所が国内にあって送達が可能である以上、これに含まれないとする有力な見解(略)があるが、刑訴法上の送達は被告人本人に対してなされなければならないこととの関連において疑問がある上(略)、規定上は国外に逃げ隠れしている場合と国外旅行中である場合とを区別しておらず、また犯人が国外にいる以上はその目的が何であれわが国の捜査権が実際上及ぼしにくい状況にある点でも特に差がないのであるから、単に国外旅行中の場合であっても、「国外にいる場合」に当たると解するのが相当であろう。(略)訴追を逃れるために積極的に国外に逃避するというケースが多いと思われるがそれに限る必要はない。

執筆者:吉田博視(最高検察庁検事(1995年当時))

ほか二冊のコンメンタールを調べましたが、それぞれ両説に分かれていました。
単純にコンメンタールの記述の数で比べても、半々というところでした。「海外旅行に適用されない説」を学者が唱え、実務家(検事・判事)がこれに反対して「適用される説」をとっているんじゃないかなあ、と、なんとなく思っていた*3のですが、必ずしもそうじゃなかったみたいです。
上記引用の両説の執筆者は奇しくもいずれも最高検の検事ですからね。
必ずしも実務家「適用される説」対学者「適用されない説」という構図ではないようです。


いずれにせよ、調べてみた限りでは、一方の学説がもう一方より有力であるという感じはしませんでした。

結論

ただ調べてみただけのエントリでしたが、「最高裁が…従来学説覆す」という朝日の見出しは、ちょっとミスリーディングなんじゃないかな、と思いました。

以上です。

*1:学生・受験生・独習者等に向けて書かれた法律学の教科書。「民法の基本書」とか、「刑事訴訟法の基本書」とかいいます。たいていはある程度名の知れた学者が書きます。「我妻民法」とか、「団藤刑法」とか。実務家の書いた基本書もあります。藤田広美元判事の書いた民事訴訟法とか。

*2:刑事訴訟法54条、民事訴訟法98条以下。裁判所が訴訟上の書類を訴訟当事者(原告・被告・被告人ほか)に送り届けること。

*3:刑事訴訟法の解釈学の世界では、実務家(検事・判事(!))が捜査機関(警察・検察)寄りの見解を採り、被疑者・被告人の人権保障を重視する学者がそれに反対する説を唱える、という傾向があるような気が、なんとな〜く、します。